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チェンバロとの2週間隔離生活とは?



 クリスマス前に来日し、年越しも日本でひとり過ごしたフランスの俊英チェンバロ奏者 ジュスタン・テイラーさん、日本ツアー初日のリサイタルが終わりました。J.S.バッハの『ゴルトベルク変奏曲』。バッハのこういった「小宇宙」的な作品は、年末年始のような節目に向かい合いたくなるものだというのが私の個人的な考えで、これまでにも『無伴奏チェロ組曲』を鈴木秀美さんに、『無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ』を辻彩奈さんにそれぞれ演奏していただいたのも、やはりこの年末年始の時期でした。おりしも昨年末には88歳になられた小林道夫先生にも同じ『ゴルトベルク』を弾いていただき、まさに「ゆく年のゴルトベルク、くる年のゴルトベルク」の様相となったわけです。

 先ほど一都三県の緊急事態宣言が発出されましたが、ここ愛知県も時間の問題でしょう。どのような対策をとればお客様に安心してご来場いただけるのか… そもそも、この状況下でコンサートを実施することの意味とは… などなど、言語化しづらい気持ちがもやもや漂っています。そのような中で、32小節からなる密やかなアリアで始まり、30のバリエーションを経て、いよいよ32曲目はふたたび冒頭のアリアに帰ってくる…。月の満ち欠けのようでもあり、季節の移ろいのようでもあり、またもっと哲学的な輪廻のようでもあるこの曲に耳を傾けていると、ウィルスに翻弄されて近視眼になった感覚がひととき「保留」されるような気がしました。なんと素敵な80分間だったことでしょうか。

 さて、テイラーさんに話を戻しますが、今日、チェンバロをお借りした梅岡楽器サービスの梅岡俊彦さんと舞台袖での雑談の中で、《2週間チェンバロと隔離生活~ジュスタン・テイラーさんの場合》の一端を伺うことができたので、少しご紹介しようと思います。ちなみに梅岡さんの人となりについては、宗次ホールも大変お世話になっている音楽事務所「MCSヤングアーティスツ」さんのブログに記載された業界人インタビュー記事をぜひご一読ください。(なお同じ、ブログのインタビュー第1弾では、不肖わたくし西野もお取り上げいただいております。こちら。)




※インタビュー形式に雑談をまとめてみました。
 楽器を組み立てる梅岡さんの写真とともにお楽しみください。

西:テイラーさんが2週間を過ごしていたのはどういう場所だったんですか?

梅:24時間音出しができるスタジオで、普段は時間貸をしているところだが、部屋に簡易ベッドとキッチンなど水回り設備があったので、そこで寝泊まりも可能というもの。大物アーティストの場合は、基本ホテルで寝泊まりして、徒歩圏内に確保した練習場所と行き来してもらうようにすることが多いようだが、今回テイラーさんの場合はその場所を見てもらったときに「ここで寝泊まりOK」という返事をいただけたので、ホテルを別途確保する必要がなかった。事務所側も別途ホテルを確保せずに済んでほっとしていたようだ。

西:こういう宿泊可能な音楽スタジオは都内に結構あるんですか?

梅:最近はその手のビジネスが増えているのか、結構宣伝もよく見かける。ただ、チェンバロの場合、十分な広さの部屋を確保するのが難しい。大抵の場合はすでにピアノが部屋に入っているので、ピアノがあってベッドがあって、さらにそこにチェンバロを搬入するだけの広さの余裕があるところとなると…。最初に当たったところは、寝る場所用とチェンバロ練習用とで2部屋借りてくれと言われた。




西:今日の本番で使用する楽器を2週間提供したんですか?


梅:待機場所がエレベータの無いビルの5階で階段も狭く、本番と同じ楽器を運び入れることは最初から無理だった。そこで、サイズの小さい楽器で本人に了解をとりつけ持ち込んだ。その楽器は亡きレオンハルト(注:グスタフ・レオンハルト/20世紀後半を代表するチェンバロの巨匠 )が来日するときに決まって貸し出していたもので、今ではほとんど外に出さない我が社のお宝のような楽器。彼にはそのことは言っていないけれど、メーカーの名前を伝えたら「それなら問題ない」とあっさりOKしてくれたので、その工房の楽器なら悪いわけがないということはわかっていたんだろう。

西:その小さな楽器を本番も使いたい、ということにはならなかったのですか?

梅:小さいゆえに、「ゴルトベルク」を弾くには鍵盤数(音域)が足らないので…。でも毎日の練習はそれで問題ないと言ってくれて助かった。

西:ちなみにこういう場合の楽器レンタル料金はいかほど?

梅:通常料金で14日分なんてやっていたらものすごい金額になってしまうから、そこは、まあみんなこの状況で困っているし、かなり安く「まとめてこの値段で」と出しておいた。そしたらあとで「あの楽器、隔離期間後も借りられますか?お値段据え置きでいいですか?」と言われちゃって(苦笑)。




西:梅岡さんは来日直後のテイラーさんにお会いできたんですか?


梅:やはり楽器を弾いてもらって、本人にOKをもらわないと貸せないので・・・。最初に心配だったのはそこで、「楽器の貸し出しにあたって本人と話はできるのか」と。そうしたら、一応待機中の面会についても政府からガイドラインは出ていて、距離をとること、同じ部屋に15分以上滞在しない・・・とかね。それで遠巻きに試し弾きしてるのをちらっと眺めて、問題なさそうだというので早々に引き上げてきました。

西:楽器の話ではないですが、テイラーさん隔離中の食事はどうしていたのでしょう?

梅:隔離生活の間は毎日健康チェックの電話が保健所からかかっては来るようだけれど、「全く部屋から出てはならぬ」というわけではなくて、人混みを避けての散歩や、一人飲食店で食事をするくらいのことは認められているらしい。昨日初めて、彼がうちのスタジオに本番用の楽器を確かめに来たのだけれど、その後で「夕飯はどうする?」という話になったときに「一人で食べに行ってきます」と言って出ていったから、この2週間で滞在先の周りの飲食店にも詳しくなったんじゃないのかねぇ。

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 チェンバロを担いで階段上げで5階までというだけでぞっとしますが、それも含めた様々な苦労と、アーティストのご理解・ご協力によって成り立っているということを改めて感じる話でした。テイラーさんのツアー、明日は兵庫公演、そして13日は東京公演。特に東京公演が予定通りに開催されることを願っています。

(にしの)


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