弓新(Vn)連続インタビュー by 佐藤卓史(Pf)第3回
3月18日(火)に出演する弓新さん(ヴァイオリン)と佐藤卓史さん(ピアノ)の対談。
第3回は「ヴァイオリンの謎に迫る」。
弦の話から楽器の話へ、お二人の話しはますます盛り上がり...!?
聞き手:佐藤卓史=2012年6月、チューリヒにて
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3.ヴァイオリンの謎に迫る
佐藤: あとは何を聞こうかな、楽器については…
何かしゃべりたいことあります?
弓: いっぱいありますね、楽器については。
佐藤: じゃあしゃべってよ。
弓: そうですね、とにかくヴァイオリニストはもっと楽器について知るべきですね。
佐藤: 持論でいらっしゃいますね。
弓: はい。音楽学校のヴァイオリン科の人は、
全員職人としての技術を多少身につけられるように
音楽教育をやり直した方がいいと思う。
佐藤: それはピアノもそうだけどね。
弓: そういう授業がないのはちょっと困ったもんですよ。
桐朋の女の子とか、もう、駒がほとんど倒れかかってるのに
「怖いから」って言ってそのままにしてるんですよ。
「私が触れると壊しちゃうから」って。
佐藤: まあ確かにね。僕の高校の同級生なんかさ、
弦替えるっていうんで4本全部弦外しちゃって。
弓: はは。魂柱倒れた?
佐藤: 魂柱っていうかまず駒が倒れるよね、そりゃ。
パタンって(笑)
弓: でも僕もしょっちゅうやりますよ、それ。
佐藤: えっ、なんで?
弓: 全部外して、中の魂柱を直したり。
佐藤 君はそれをやりたいからでしょ?(笑)
弓: そうです(笑)。
魂柱の位置と太さがどれくらいであるべきなのかとか、
弦高の高さとかネックの角度とか、全部オプティマル(最適)な状態があるから、
自分で聴きたい音っていうのがあるなら、それを見つけられるんですよ。
佐藤: うんうん。
弓: 自分にヴィジョンがあれば。
僕も2年前まで楽器いろいろと替えましたけど、結局自分の音が鳴らない。
こんなに高い楽器弾いてるのになんで自分の音が出ないんだと思って、
まあ借りてる楽器だったんですけど、
いろいろといじくってみることにしたわけですよ。
佐藤: うんうん。
弓: 魂柱倒したりして、楽器屋さんに行って、「魂柱倒れました」と。
倒れた魂柱を立てるところはどうやるのかを見て、
家に帰ってまっすぐになってるかどうか見て、
また倒して、もう一回持って行くわけですよ。
佐藤: うん。
弓: 駒もね、3種類くらい作ってもらって、
足の幅が広いやつとか狭いやつとか、弦高の高さが低めのやつ高めのやつ。
で、どういったものが標準なのかっていうことを伺って、
結局全部標準に戻していくと、これが良いんですよ。
佐藤: はあ。
弓: たとえばオールドヴァイオリンというのは問題があって、
今のセオリーに従ってない楽器が非常に多いんですよ。
たとえば、楽器のプロポーションとか。
f字孔の位置の、fの刻みの部分に駒を合わせるっていうのが
通常のセオリーなんですけど、それは必ずしも古楽器には当てはまらない。
佐藤: うん。
弓: というのも、それをやっちゃうと、
弦長、要するに音程の感覚が全く崩れちゃうような楽器もあって。
それよりも大事なのは比率。
駒から楽器の端っこまでの長さと、ネックの長さ。
それと、駒の高さの比率。これだけはどうしても変えられないものなんですよ。
佐藤: ふうん。
弓 f字孔の位置に駒を合わせるのが一番良いんだっていう人もいますけど、
それやっちゃうと、比率が崩れるわけですね。
2:3って適当にいわれてるんですけど…
佐藤: え、何が2:3なの?
弓 ええと、ネックの長さはだいたい130mmっていわれてるんですけど、
これに対して楽器の端っこから駒までが195mm、なんですよ。
佐藤: なるほど、2:3だね。
弓: だいたい2:3。
それが崩れると、たとえばこのfの刻みがもっと下にあったりして、
197とかになっちゃうと、2:3が崩れて、
たとえばポジション移動で第5ポジションの位置が上になりすぎたりとかして、
音程が取れない。
あと10度の幅が広くなっちゃったりとか。
佐藤: はああ、そんなことがあるのか。
弓: あるんですよ。
僕も前はそういうことを全く知らないで良い楽器を弾けば良い音が鳴ると思って、
まあみんなそう思い込んでるんですけど。
だからストラドといえども、ちゃんとした比率に調整がされていない場合は、
まともな音は絶対に出ません。
佐藤: なるほどねえ。
佐藤: あとは弓について。
弓: 弓も問題ですけど、僕はそこまで詳しくないです。
基本的に楽器が良ければ弓はそこまで良くなくても良い音が出ると思っているので。
もちろんトルテとか素晴らしいですけどね。
僕はサルトリっていう弓を使っています。
1800年代にパリの工房で作られた。まあ悪くはない。
これも25年前、30年くらい前は50万で取引されていたんですよ。今はもう400万。
佐藤: なんでそんなに急に上がったの?
弓: 良い弓だっていうのである人が高く売り始めて。
佐藤: そういうことで値段が変わっていくわけか。
弓: ストラドとかガルネリはもう値上がりが打ち止めだから。
そしたら次はこれくらいのクラスがどんどん上がっていく。
佐藤: じゃあこれからいいじゃないか。
あ、でも君の楽器じゃないんだよね。
弓: そういう楽器を手に入れるのはちょっと諦めて、
ストラドとかのコピーの新作を使うっていうのが、最近の傾向ですね。
佐藤: 新作はどうなの?
弓: 悪くはないのはいっぱいあります。
佐藤: この人のは使えそうだなって人は?
弓: あんまりいない。
佐藤: なるほどね。
弓: 結局新作は、どこまでいっても新作。
製作者の問題もあるでしょうけど、材もそんなに良くないんでしょう。
なんかスカスカしてる気がする。
佐藤: なんでなんだろうね?
気候が変わったりしたからなのかね?
弓: どうなんでしょうね。産地にもよるんでしょう。
佐藤: ちなみにヴァイオリンはどんな木材を使うんですか?
弓: えっとね。裏が楓だったかな。表がスプルース。
佐藤: ほほう。
弓: 表は縦の木目の板で、柔らかい。
裏はトラ模様で、木目が詰まってる。
佐藤: 裏は硬いんだね。
弓: 叩くと音が違う。
佐藤: 本当だね。裏の方が重量感がある音がするね。
弓: 表板の振動が魂柱で裏板に伝わって、
裏板から音がパーンと飛んでいくわけです。
佐藤: やっぱり不思議な楽器だよね、ヴァイオリンって。
これだけ小さい箱で、あんなに大きなホールの隅々まで鳴るっていうのは。
弓: そうですねえ。そこらへんの謎は解明できないでしょうね、現代人には。
面白い楽器ではあるんですけど…ピアノって良い楽器ですよね。
佐藤: なんで?
弓: だって安定してるじゃん。その安定感が良いですよ。
佐藤: ヴァイオリンの人よくそう言うよね。
地面についてるからいいとか。
弓: そうそうそう。僕たちはこの楽器をどう構えるかって、
1日5時間くらい悩んだりしますから。
佐藤: 構え方は人それぞれだよね。
弓: 人それぞれだし、曲それぞれだし。
佐藤: やっぱり客席から聴くとね、
f字孔がこっち向いてると全然違うんだよね。録音だと分からないけど。
弓: f字孔にも色々ありますけどね。f字孔の角度ってものが。
佐藤: f字孔を客席に向けて弾いてる人はやっぱり客席に音が来るよね。
楽器を平らに構えると上に飛んじゃうからさ。
弓: ブシュコフ(マーク・ブシュコフ、
2012年エリザベート王妃国際コンクールファイナリスト。
佐藤が公式伴奏者として共演)は案外平らですよね。
佐藤: うん。
弓: 楽器は何?
佐藤: ヴィヨーム。
弓: ヴィヨームの人、今回2人いたんですよね。
佐藤: コンクールで何の楽器使ってるか書かせるっていうのは、
いつもそうなの?
弓: 最近メインのコンクールはやりますよね。
佐藤: 審査員に聞いたら、それって彼らにとってもすごく重要な情報になるんだって。
弓: えーっ、そうなんですか。
佐藤: 「この楽器を使っていて、この音なのね」という。
弓: なるほどね。
「こんな良い楽器使ってて、この程度の音しか出ないの?」っていうのもありますけどね。
佐藤: それもあるかもしれない。
あるいは「これしか出ないけど、この楽器だったら頑張ってるよね」って思われるか。
弓: 成田(達輝)君なんかフランスの無名って言っていましたし。
佐藤: 成田君が(エリザベートコンクールで)シャペルに入るとき、
車の中でたまたま会ってしゃべってたんだけどさ、
彼その日の朝パリから来たんだけど、朝5時まで起きていて、
というのは週末に楽器屋からイタリアの良い楽器が入ってきたから
弾かないかって言われて、
行ってみたらすごく気に入って、これでファイナル弾こうかと。
いろいろ調整させて、散々弾いた挙句、結局自分の楽器で来た。
「ちょっと悪いことしたなと思ってるんだけど」って。
弓: 朝5時までやって! ひどいやつだ。まあ、俺もやるけど(笑)
佐藤: すごく良かったんだって。ファイナルパガニーニだし、
イタリアンの方が良いかなと思ったんだけど、
結局自分の慣れてる楽器を弾くことにしたって。
(「第4回:音楽談義」につづく)
構成:佐藤卓史
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次回は対談の最終回。
「第4回」をお楽しみに!
◆ 3月18日(火)
スイーツタイムコンサート
弓 新(ヴァイオリン)&佐藤卓史(ピアノ)デュオコンサート
13:30開演 13:00開場
自由席 一般¥2,000
(スタッフ/ひび)